2017年03月12日
最年長の患者さん、96歳、女性、のお話です。
半年ぶりのご来院です。
立ち居振る舞いが相変わらず美しく、
ご自分に適したホームに入居されたことを物語っていらっしゃいます。
考古学者が、遙か昔の伝説に恋い焦がれるように、
私も過ぎ去った時の流れに惹かれます。
今私が生きているこのときも、やがて「遠い昔」と言われるようになり、
そして彼方へ消えてゆくのです。
大きなお屋敷から、小さなホームに移り住んだときの、
喜びの言葉を家族の方がお話しくださいました。
なくなったご主人が残したものを捨て去り、
お嫁入りに持ってきた古いものを手元に残され、
そして、自分の役目が終わり、娘に戻れたことを喜ばれたそうです。
「私鍼灸師になりたいんです」
突然毛色の変わったことを言い出した私に、
「できるわけがない」と身内は反対したのです。
そのとき、誰にでもできることを職業にして、母と子が食べていけるはずがない、
誰もやらないことを選ばなければ
しっかりしたものを身につけよう、強く思ったのです。
そして今誰からも、
あたたかく迎え入れてもらえるほどになりました。
人に笑われても、夢を現実にするために一心に突き進んできたからと思うのです。
やがて、鍼灸師を終える時がやってきます。
そのときに、すべてのものを捨て去り、彼女のように
「夢見る夢子さん」に、でも決して若かりし頃の夢子さんとは違う、私に戻りたい、
彼女のようにすてきな老後を手に入れるために、
鍼とお灸の二つの道具と、腕だけの今を生きてゆきます。